「言霊」

言葉には質量がある。つまり重さを持っている。
質量を持っているからには、それはエネルギ-に変えることが出来る。
ただし当然のことではあるが、一般的な物理の法則には支配されていない。
エネルギ-に変換するには、祈り(呪文)が必要となる。祈りとは、真の言葉という意味である。
祈りには「先取りの感謝」が必要となる。未だ祈りが届いていないのに、感謝するのだ。
どうして?
それは、祈りを忘れる為。
願いがかなったのだから、何故祈りを覚えている必要がある?
潜在意識に入った祈りは驚くほどのエネルギ-を生むだろう。

「魂」

道に陽炎がたっている。
白い杖をついた佳人がその陽炎の中を歩む。
すると驚くべき事が起こった。
視力を失った彼女の五感は、陽炎の揺れを感知したのだ。

何かを失うことにより、逆に他の能力が研ぎ澄まされることはよくある。
物にすら魂が有るという私の立場は、それを心が受け入れる迄に
実に多くのものを捨て去らねばならなかった。

狂人を良く魂を失った人と言うが、それは少し違うんだよ。
存在する事の定義を考え始めると、頭がクラクラしてくる。
考え過ぎると狂人の近くまで来てしまうんだ。
所詮人間にははっきりと線引きなど出来はしない。

魂は愛に似ている、、、。それはまるで双子の兄弟みたいだ。

「天使」

天使は研ぎ澄まされた両刀の刃を持っている。時には神にさえ反抗する。
神と人間の間に立つが故に、その様に創られた。
神の様に陰を隠さない。
全てのものが陰と陽で出来ていることを、惜しげもなく我々に曝してくれる。
私がいたく愛する所以である。
天使と取り交した約束は決して破ってはいけないよ。
天使は恋に似ている。激しく燃えていて下手をすると身を焦がしてしまう。

「妖精」

僕が未だ30歳くらいの時、ガウディの建築物が見たくて、スペインを旅した事がある。
安ホテルに泊り、自分で食料を調達する為に、
何時しか地元の人しか行かない様な市場に迷い込んでいた。
僕の立ち止まった果物屋には、オレンジしか売ってなかったんだよ!
そこには若いけれど、毎日々同じ物を売っている為か、少し哀しげな目をした女の子が座っていた。
言っておくけれど、僕はスペイン語など、これっぽっちも知らないのだからね。
僕がオレンジを指差し、手を全て開いて10個頂戴と言った。
彼女の目から哀しみが消え、代わりに「ようこそ異国の人」と言う言葉が見えた。
背後にも視線を感じ、振り返って見ると、美味しそうなソ-セ-ジが沢山ぶら下がって出来た簾の中から、
好奇心に満ちた若者の目が見える。
其の当時は、今と違い日本からの旅人は本当に珍しかったんだ。
代金を言われても判らなかったから、適当にポケットからお札と硬貨を掴み出して彼女に差し出したんだ。
ほんの僅かな硬貨しか受け取らないんだよ!どう考えてもそんな安い訳がない。
チップをあげようと試みたが、「いらないのよ」と手を振る。
そして、目の中には、僕の不用心さを心配する「気を付けてね」といういたわりの言葉が見えた。
あんなに優しい女性はきっとオレンジの妖精だと思うけれど、皆はどう思う?
妖精は幼馴染の初恋の子に似ている。

「魔法使い1」

その森の奥深くには魔女が住んでいた。
「未だ生まれていない」旅人がその洞窟を訪れたところからこの話は始まる。
洞窟の中では孤独な婆さんが、大きな釜で何かを煮ている。
婆さん涙を釜の中に落とした。

「お前さんは何じゃい?」  「お婆さん美人だね」
「そうかい!ウイヒヒヒ、、、、嬉しいことを言ってくれるねえ、、、わしゃあ、あんたが好きになったよ」
「お婆さんは誰なの?」  「わたしゃあ、由緒正しい魔女さあね」

「ああ!魔法使いなんだね?」  「馬鹿なことをお言いでないよ。魔法使いは男に決まっているんじゃあ。
女は魔女なんじゃよ。この世界には古風な約束事があってな、魔女は悪魔に使われる身、魔法使いは悪魔を
使う身なんじゃよ」  「随分身分に違いがありますね。それで良いんですか?」

「そりゃあ、これ以上封建的な世界はあるまいて。でもな、わしぐらいの魔女になれば、
ひよっ子の魔法使いなど、この鍋に入れてス-プの出汁にしてしまえるんじゃよ。
現に、わしの亭主殿の魔法使いはこの中じゃあよ」  「お婆さんは何て凄いのだろう!」

「この鍋はな、ス-プだけじゃあないんじゃよ。未来の鏡にもなるんじゃあ。お前さんも見てみるかな?」
「お前さん小さくて軽いのう、まだ名前を聞いていなかった。何と言うのじゃあ?
 ほう!迷い星とな?素敵な名じゃのう。そら鍋を覗いてごらん」
今しがた煮立っていた鍋は沸騰をやめ、鏡の様に平らになり、一人の若い男が映っている。


「小さな静かな世界」

その男は海と川で哀しい目に遭い、ひっそりと畑を耕す生活をしていた。
庭にはつるべ井戸があり、育てた西瓜を紐に結びそこで冷やそうとしたが、
それはまるで運命の様に紐から外れ落ちてしまった。

井戸の中から叫び声が聞こえる。縄梯子で下りてみると、美しい女性が気絶しているではないか!
男は井戸の中で気絶している美しい女性を拾い集めるのが好きだったので、家に連れて帰った。

さて、とても紳士的で分別があり、道理というものを良く知っている男性というものは、
頭に西瓜の直撃を受けて気絶している、美しい女性を布団に横たえる場合、
先ず彼がすることは、目を瞑って服を脱がせ、西瓜の汚れを拭うことではないだろうか。

春は朧、夏は縁で夕涼み、秋の宵闇、冬の虎落笛、時は過ぎて行く。
起こることは起こり、因果応報の必定、止め難し。 三年の歳月が流れ子供が一人。

「お前を井戸の中で見つけた時は、水の中だったから又人魚かと思ったよ。
西瓜で頭を打ったせいか‘お菊‘と言う自分の名前以外覚えていなかったね。
ただ今でも西瓜を食べる時、何故種を一粒、二粒、、、
と数えて必ず最後に一粒足りないと悲しい顔をするんだろうね?」

「あなた、それはきっと西瓜トラウマのせいなのよ。そんなことよりこの子を見てごらんなさい。
髪に隠れてみえないけれど、星の形をしたホクロがあるわ!」

「魔法使い2」

「やれやれわしも歳かいな、‘迷い星‘を鍋に落としてしまったわい。
まあ、でも良いじゃろう。幸せに暮すのじゃよ」
後に残された孤独な婆さんは食事を済ませると、又鍋を覗き込んだ。
「あれ!誰かと思えばわしの亭主殿。可哀想に!こんなにふやけてしまって。

無事でごわさったか!柔な分際で、もう二度と
この由緒正しき魔女に向かって、立派な口をきくまいぞ。
偉そうにしても主は所詮男、わしら女の胎に守られていたのじゃあ。忘れまいぞ」

魔女と魔法使い、夢で聴くお祖母さんの寝物語り、、、。

「媚薬」

魔女はどうも生薬の様に有機物を扱うのが専門で、
魔法使いは錬金術でも判る様に、金属類つまり無機物が専門らしい。
この違いは、もしかしたら両性の本質的な差異を象徴しているかも知れない。

媚薬には男性用と女性用がある。
女性用には紅蜘蛛などという恐ろしい名前のものがある。
勿論蜘蛛の粉末などは入っていない。何種類かの薬草が入っている。

我が家の庭には、様々な薬草が植えてある。
僕が植えたのではなく、物好きな人が、薬草の生育に此処は適してると言って植えていったのだ。
花が綺麗だから生育するのを許しているけれど、
猛毒のトリカブトなんかも、大きな顔で繁殖している。

その中にイカリ草というものがある。有名な催淫草だ。実に美しい花が咲く。
食べてみると、お茶の葉の様な味がして、時間が経つと口に微妙な甘味が漂う。
この草を食べたって、私は紳士なのでしっかりとした精神を保つことが出来るが、
他の人が食べたらどうなるのか責任を持てない。

友人達が来た時、元気になれるよと言ってそれを食べさせた事がある。
皆元気になったかな?僕は知らない。
その内の一人を家まで送ってあげた。彼女はご主人に言う。
「今日イカリ草を食べさせてもらったのよ!」

拙いんだよね、ご主人はお医者さんなんだよね。薬草に詳しい訳。
あきれた顔をしてあたちを睨まえた。
病気の時、特別に太い注射をされそうで、その病院暫く行けなかった。

「蝦蟇」

蝦蟇は言われもないのに嫌われることが多い。
蝦蟇の様に醜い男とか、関係無いけれどガマ口とか。
皆に嫌われていることを知っているので、近寄っても真面目に逃げない。
一度猫に襲われたのを目撃した事がある。瞬時に皮膚から毒液を出したらしく、
猫は飛び上がって口から涎を出していた。

薬は、毒の微妙な量の組み合わせで出来ている。
毒を扱うから、薬を調合できるのに、魔女は本当に昔悲惨な目に遭った。
世の中は何時もそういうところがある。

何故初めて見た物なのに、最初から鳥肌の立つものってあるのだろう?
毛虫とか蛇とか、我が家にはコウガイ・ヒルと言う1mの長さも或るヒルがいる。
植物の大敵ナメクジを食べてくれる、有益なヒルだ。
初めて観た時はこれは夢に違いないと思った。なにしろ1mだからね

相性というものは、どの様に理解したら良いのか、不思議なものだ。
魔女が蛙と仲良くなるとしたら、やはり青蛙でなくて、蝦蟇でなくてはならない。
蝦蟇さん、せめて魔女に好かれて良かったね。

「蝙蝠」

子供の頃蝙蝠を二度ばかり捕まえた事がある。
確かに顔は鼠みたいで怖い!「百歳以上長生きした鼠が蝙蝠になった」
という言い伝えがあるほどだ。捕まえた蝙蝠には蚤がいた。
その蚤は吸血鬼から血を吸っている訳だよね。

羽は透き通っていて、本の装丁に使いたくなる妖しさがあった。
勿論魔法や、宝島の地図のね。
それにしても、僕の好みの動物達は、揃いも揃って何故こんなに
エキセントリックなものばかりなんだろう?
皆が敬遠するものが愛しいんだよね。

これは前に話したけれど、我が家には尾形光琳の蝙蝠の絵がある。
東洋では昔からコウモリの文字が、「福」という文字に似ているので、
とても縁起の良いものとされていたんだよ。
魔除には般若の様な怖いものが良く効くらしい。

「黒猫」

「宇野千代」の小説に出てくる「薄墨の櫻」の写真を、花見をしてきた俳人仲間が送ってくれた。
私も何時かは見たいと思っている一人だけれど、送られてきた写真は太陽の下、
大勢の花見客に囲まれた、あまりにも健康的な雰囲気のものだった。
これはいけない!
私が大切にしてきた「薄墨の櫻」のイメ-ジが完全に破壊されてしまう!

送ってくれた写真をコンピュ-タ-で改造させてもらうことにした。
全体を夕暮れ時の明るさにし、花見客を全て消し、痛々しいギブス達も取り払った。
でも、出来上がったものは妖しさばかりで、温かい血が流れていない、、、。
やはり、それを観ている者も必要なのか?

ここで、一般的な常識人はヌ-ドの美人を配するだろうが、紳士の私はそんなことはしない。
櫻の木の下は猫でなければいけない! 死体でも、ヌ-ドでもいけないのだ。
猫は三毛猫でも、トラでもいけない。
目立っては駄目で主役はあくまでも「櫻」なのだから、櫻の木の下に黒猫を置いた。

優れたセンスの持ち主は、良い仕事をする。
ほら!闇になる前触れの様に、、、
肌をうっとりとさせてくれる、この木目の細かなビロ-ドは
セクシ−な二つの目で、こちらをそ−っと覗いているでしょう?

「蛇」

今住んでいるこの場所は、35年前には林だった。
国木田独歩の武蔵野の一部で、その昔坂東武者が、
いざという時に使用した、鎌倉街道跡もある。

当然野生の動物達も多く、蛇もその一つだった。
ある時、孵化して間もないらしい小蛇を見つけたので、
戯れにペットにして、小さな虫篭に住まわせた事がある。

都会から来て、蝶が怖いという信じられない女性に会った事があるが、
私は嫌いなものは滅多にないし、それにどんなものでも一緒にいると情が湧いてくる。
スネ-キィと名前をつけて可愛がっていた。
注意していたのだけれど、ある時スネ-キィの尻尾を踏んでしまった事がある。

信頼していた者から傷つけられて、スネ-キィは何時しか自分の家と思い込んだ虫篭に、ヨロヨロ戻る。
ごめんよ、こんなちっぽけな虫篭を住処と思わせてしまって、、、。
人間は何時だって碌な事をしないね。自然に戻してあげなければ。
あれから30年以上経った。 林は一部を残し、家が建ち並んでいる。
残り少ない林を通る度、スネ-キィのことを思い出して心が痛む。
もしかして、人間って、勿論僕も含めて良くないかも。

「夜霧」

今となってはもう体験出来ない事と思うが、SL蒸気機関車がまだ健在だった頃、
寒い季節、駅の近くの陸橋に立っていると、汽車が蒸気を吐き出す事があった。
想像を絶する量の蒸気で、小さな一つの雲と言って良いくらいだった。

「私は魔法使い!」 その蒸気の中で両手を広げ、雲の中を飛び回ったものだ。
渦巻く蒸気は視覚から平衡感覚を奪い、本当に空にいる様だった。

自然の中でこれほどの蒸気を体験した事はないが、夜間、箱根越えの時に
10m先が見えなかった事がある。
車を路肩に寄せて止まりたくても、衝突されるのが怖くて出来ない。
ただひたすら、前の車の尾灯に付いていった。
前車の尾灯が消え失せたなら、そこは崖なのだ。

霧という一つの現象は、人を魔法使いにしたり、恐怖を感じさせたり、恋人達を
他人の眼から守ってくれる。
「夜霧」という言葉を聞くと、私の遥かな記憶の中で、何やら疼くものがある。

「灯台」

その少年は坂を登り切る前に一休みをし、
それから最後の坂を駆け上り、青空を抱く様に両手を広げるのだった。
岬には白い灯台が見える。

どんな事にだって深い意味があるんだよ、、、。
突然の出会いは美しい!
駆け上がって、一気に紺碧の海と青い空の間にある白い塔を抱く。
手を広げた時に、塔と手は十字架を創り、灯台は祈りを捧げる場所に変身する。

重要なことは、何一つ起きているようには見えないけれど、
大切なものは、何故か何時も静かな姿をしているんだ。

天と地の間であがくことをさせないで!
独り立ち尽くしていても、暗い夜には灯火になれますように!
もしかしたら、その少年の弾む息は、
その様な祈りで出来ているのかも知れないね。

「稲妻」

光には色々な種類がある。私の好む光は、月光や星明り、
夕日、そして小さな蛍の灯す頼りなげないものだ。

世界には色々な人がいるから、雷光をいたく愛する者もいるに違いない。
どういった光が好きか?と聞く事により、もしかしたらその人の性格が判るかもしれないね。
古今東西、画家は大勢いるが、劇的に雷に撃たれて一生を終えた者はいるのだろうか?
画歴に、雷に撃たれて亡くなると書かれたら、、、ウ-ム中々良いかも知れない。

雷光の凄いところは、あの一瞬の光により、我々に普段には気付かないものを見せてくれるところにある。
枯淡の境地を目指して創られたはずの枯れ山水。しかしながら、その小さな世界は、創作者により
この外側の大宇宙を閉じ込めることを、密やかに願って創られたものでもあった。

だからこそ、雷光が顕わにしてくれたものは、
全てを含まなければ、宇宙とは呼べない枯れ山水の、
一見静かに見える裏に隠された修羅だった。

遠雷や修羅をも秘めたる枯れ山水

              迷い星

「悪魔」

私は静かな容を成しているものが好きだ。それはエネルギ-が小さくて
静かという意味ではなく、大きなプラスのエネルギ-を持ってはいるが、
それと同じ量のマイナスのエネルギ-を持っている為、
そのもの自体のバランス感覚によって静かな状態になっているという意味なのだ。

その意味において、意外と思われるかも知れないが、
神と呼ばれるもの、悪魔と呼ばれるものに私は近寄りたくない。
両者共、プラスとマイナスの極端に位置するからだ。

無の状態の宇宙がプラスとマイナスに分かれて姿を顕して以来、その両者は
常に始源に戻ろうとして、近寄ってくるものから自分と反対のエネルギ-を奪い
結果として、近寄ってきたものを破壊してきた。

世界が神の名のもとに何をやっているか、知っての通りである。

宇宙に存在するものは、存在する為に何かを摂り入れなければならない。
勿論悪魔も神も例外ではなく、前者は悪人の魂を、後者は善人の魂を喰らっている。

魂を食べられるのが嫌ならば、
善人にも悪人にも偏っては駄目だというのが、、、
つまりバランス感覚を持て、というのが私の人生訓なのだ。


ひたすらに星を旅する蛍かな
          迷い星

 
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