2004年1月X日

海では余りにも哀しい思い出が重なってしまった。そこで山の方に移り住んでみた。
海と違って空気がさらりとして、家の裏手には澄んだ小川まである。
程なく宿命というものは、避ける事の出来ない怖いものであると思い知らされてしまう。
身が切れるほど冷たい風が吹いているというのに、何故か美しい女性が川を流れてきたのだ!
勿論私は川を流れてくる女性を拾い集めるのが好きなので、家に連れて帰った。

もしかしたらこの女性、「実は私は雪女だったのです」とある日消えてしまうかもしれない、後で悲しむのはもう嫌だ、
どうせ消えるなら早い方が良い。思い切ってお風呂に入れて、身体を温めてみた。
言うまでもなく僕は紳士なので、裸を見ない様に目を瞑ってね。
「溶けない!彼女は雪女ではない。気がついたぞ!お嬢さん僕に助けられて良かったですね」
彼女はどうやら自分がどういった状況なのか理解した様だ。

「あなたは何故一言の断りも無く、私をお風呂に入れたのです?こんな事初めての経験ですわ」
「おお!そんなに怒らないで。昔は銭湯に良く三助と言って、女性の身体を洗ってあげる男性がいたんですよ」
「あなたは三助なの?」 「いいえ、違いますけれど。それ故あなたのメロンパンの様なオッパイも、透き通る様な
白い肌も、何一つ見ていないのですよ」

2004年1月X+1日

そうだ、三助で思い出したが、昔は混浴など当たり前のことだった。
今は混浴といっても、水着を着ている!一体どうしてこんなに堕落してしまったのだろう?
紐を一本真ん中にぶら下げておけば何も見えなくなるんだよ。
子供心に未だ覚えている事がある。老人が足を広げて、日本手拭で股間を打つのだ。
どういうテクニックでそうなるのか知らないが、物凄い爆発音が響く。
あれは一体何の為にしていたのだろう?気合を入れていたのだろうか?

脱線してしまった。話を元に戻そう。
「お嬢さん僕の父は胃が弱かったので、何時も僕は揉み解してあげてたんですよ。按摩とても上手なんです。
あなたは川を流れてきたので、とても身体がこっているに違いありません。
揉んであげましょうか?」 「いえ、結構です」

2004年1月X+2日

お風呂へ勝手に入れたことには怒られたが、何故か一緒に住んでくれることになった。
たった一人だけでもいい、本当に話す相手が傍に居てくれると、とても呼吸が楽になる。
でも彼女との出会いは、もし例えたらこんな感じかも知れない。

お風呂から上がり下着に片足を入れ、もう片方を入れようとした時、
なぜかバランスを崩し、「おっとっと」と言いながら、
ピョンピョン片足でステップしながら玄関まで行く。
その時、不幸にもガラリと近所の人に戸を開けられる、、、。
そして春は朧、空は花霞という訳。判って貰えただろうか。

2004年1月X+?日

遊んでばかりはいられない、たまには何かしようと、楢のホダ木に椎茸菌の駒を2000個も打ち込んだ。
慣れないことをするものだから、背中が痛くなる。「揉んであげましょうか?」と彼女は優しいことを言う。
あまりの辛さにお願いしてしまった。揉みながら彼女は独り言の様に語りかける。
「あなたに隠していることがあります」 「え!まさか雪女だったと言うのではないでしょうね!」
「違います。実は私人魚なんです」 「だってあなたは川から流れてきたではありませんか?」

「そうです。ローレライの岩の人魚は、ライン川に住んでいた事をお忘れですか?」
「そうでした。それでは、あなたも消えてしまうのですね?」
「あと一年半で、今日仕込んだ菌が椎茸になります。
苺でも一番最初に実るものを鬼果と言って、とても大きなものが採れるでしょう?
同じ様に直径一米もある椎茸が今に育ちます。その時がお別れの時です」

2004年1月X+?+1日

「直径1mもある椎茸!以前30cmのが採れたことがあるが、もっと大きくしようとしても
自分自身の重さでホダ木から落ちてしまった。ウ−ム見てみたい。今度は支えをしてあげよう」

「月の影響でそんなに大きくなるのですね、人魚がどうやって一米の椎茸に飛び込むのか興味あります」
「椎茸は海月とは違うのです。飛び込むのでなく食べるのですよ」
どんなに大きな茸でも、細かく刻んでしまっては、小さいのを食べるのと違いが無くなる。それだと詰らない。
以前30cmの奴は丸ごと焼いて食べた。一体1mのものをどう料理すれば良いのだろう?

200x年y月z日

直径1mの茸が目の前にある。近所の五右衛門風呂を借りて、ス-プを造ることにした。
塩と胡椒と鰹節を出汁にして。 「ねえ人魚、お別れにこのス-プのお風呂の中に一緒に入ろうよ」
椎茸のお風呂はとても身体に良いかもしれない。ちょっと気味悪いけれど二人で端っこを少しかじった。
もう長い事使われていなかった五右衛門風呂の屋根は穴が開いていて、空が見える。

生まれた時から決まっていた、人生の約束事は今果たされた。
ほら人魚の姿が見えないでしょう?大きな椎茸をひっくり返したって。
五右衛門風呂を貸してくれた人に、この茸を分けてあげられない。お風呂に使ってしまったしね。
水分を絞って背中に担いだ。かなり重く、足元がおぼつかない。
この世に起こる事は全て受け入れてきた。今よろめいていても大丈夫、直ぐ元気になるさ。
優しい風が吹いている、先ほどまで隠れていた月が雲間から姿を顕わした。

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